2011年の5月号の『エクレシア』から解説を行なってきた使徒信条が、2013年4月発行の会報誌第3号で終わりを迎えました。引き続いて今回の第4号から「十戒」の解説を始めたいと思います。
十戒は、旧約聖書の出エジプト記第20章と申命記第5章に記されている神の言葉です。かつてエジプトに少人数で移住したイスラエル人は、おびただしく増えて大きな民となり、エジプト人にとって脅威の存在となりました。彼らはイスラエルの民に重労働を課して虐待しました。イスラエル人の苦しみの声を聞かれた神は、モーセによって救いだされ、エジプトの奴隷状態から解放されました。「十戒」はこの救いに基づいて与えられています。契約の民とされ神との応答関係の中で神の救いの恵みに応えて生きようとする者の「恵みの言葉」です。恵みによって救われた者たちを、さらに神の子らしく、真に人間らしく豊かに、そして自由に生きることが出来るように守り、支える力が豊かに示されています。
この十の戒めは、プロテスタント教会の重要な教えとして多くの主要な信仰問答で解説されています。例えばルターの「大・小教理問答」や、カルヴァンの「ジュネーブ教会信仰問答」そして「ハイデルベルグ信仰問答」などがあります。
信仰問答(カテキズム)は、教会のこどもたちや青少年の育成のために用いられ、そこには「使徒信条」と「主の祈り」と「十戒」の三要文の教えが取り扱われ、「十戒」は、使徒信条や主の祈りと共に礼拝や信仰生活の重要な柱として重要視されてきました。今日の教会では、礼拝で「主の祈り」が祈られ「使徒信条」を告白する教会がほとんどですが、「十戒」を唱える教会はごくわずかにととまったままです。
「十戒」は十の戒めからなっています。それらが「二枚の石板」に刻まれていたと言われていますが、しかし、第一の板に何が刻まれ、第二の板には何が刻まれていたかは、聖書には書かれていません。第一の板には、神との関わりについての戒め、神を正しくあがめる方法が記され、第二の石板には、神の民の間での生活に関わる戒め、隣人に対する愛の言葉が記されていたと予想されます。
主イエスは「わたしが来たのは、律法や預言者を廃止するためだと思ってはならない、廃止するためではなく、完成するためである」と言われました。「十戒」は、キリストと共に生きるわたしたちの信仰生活の道しるべとなる戒めでもあります。
( 牧師 丸田 久子)
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