2012年3月号 ←前へ   次へ→
今月の御言葉

使徒信条(10)「われは聖霊を信ず」
 「我は・・・信ず」について、これまで「父なる神」、「子なる神」について考えてきました。今度は「聖霊なる神」について考えたいと思います。教会では、礼拝のおわりに「イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同と共にあるように」と祝祷をいたします。ここには、まことの神として教会が信じてきたお方の信じ方が語られています。神を、父・子・聖霊と信じることを、教会は三位一体という表現を用いて語ってきました。この言葉は聖書の中にも信条の中にも語られていません。これはのちの教会が、神がどのようなお方であるのかを説明するために考え出された神学用語です。そのため、実際には難しいことはありません。ただ、三つであってひとつであるとはどのようなことを言っているのかということです。イエス・キリストにおいてご自身を明らかにされる神は、天にいます父なる神であると同時に、地上に来られた子なる神であり、さらに父と子から遣わされてわたしたちの内に住まわれる聖霊なる神であるということです。ここには、決して三人の神々などという理解はありません。わたしたちの信じる神は、常に父・子・聖霊という区別を持って存在するお方なのです。

 「聖霊」について思いちがいが起こることがあります。それは聖霊の「聖」という言葉をよく理解しないで神によって受ける力と思いこみ信仰とは、自分の生活の困難を解決することのように考え、そのとき与えられる神の力が、聖霊であると考えてしまうことが起こります。しかし、聖霊はそのような意味の神の力ではありません。「聖霊によらなければだれも『イエスは主である』とは言えないのです」とコリントの信徒への手紙(一)12章3節にかかれているように、聖霊は、わたしたちにイエス・キリストは主であると告白する信仰へと導かれる聖霊なる神であります。

 主イエスは、この世を去られるときご自分に代わる助け主を送ってくださると約束され、この助け主が主を信じる確かな信仰へと導いてくださる「真理の聖霊」だと語られました。真理とは、独り子イエス・キリストをわたしどもの救いのために十字架にかけてわたしどもへの愛をお示しくださったということです。

 聖霊に導かれる信仰生活の中心は、ペンテコステのときに誕生した教会にあります。この教会であるキリストの体の枝々とされ確かな実りの約束を信じる者でありたいと願います。 ( 牧師 丸田 久子)



教会員の投稿
■河野 悠子 

感謝のあゆみ
 私は高2の時、伝道集会に参加して心を打たれ「これだ!」とその場で受洗を決意しました。やがて日曜学校の教師を仰せつかり、未熟な私は一生懸命練習して子供たちに聖書のお話をしました。そのうち、教会内にもめごとが発展して牧師のリコールという不幸な結果となり、気持ちが教会から離れて行きました。

 教会からも離れたくて東京の大学を選びました。入学したのはキリスト教系の女子大でした。先輩の勧めでYWCAのメンバーになりました。聖日礼拝を国分寺教会で守り、午後は武蔵野農村地帯の子供たちと遊んだり勉強をみたりするのがYWの日課でした。御殿場のYW東山荘の修養会でメディテーションを学び、八王子青年の家で渡辺信夫先生や野呂芳男先生の聖研ゼミに参加しました。近隣大学でYMの男子学生と一緒に学べるのが嬉しかったことを記憶しています。また寮のパーラーで夕拝と讃美歌練習、先生の研究室でロマ書研究などなど、学生時代のひとつひとつの学びを通して、「人を生かすまことの愛はイエス・キリストに現された神の愛である」と確信するようになり、自分の生きる主軸もはっきりしてきました。

 卒業後、岩国高校に赴任しました。そこでも岩国教会の礼拝に出席して、週の始まりの糧を得ていました。1965年、縁あって結婚して豊田に移り住み、4半世紀になろうとしています。

 やがて、神さまは私たち夫婦に、耐えがたい試練をお与えになりました。授かった子供は先天性血液疾患の難病でした。一番怖れていた脳内出血を3度も繰り返しました。酸素テントの中で3日間、意識が戻らない我が子のゆくすえを思い、「もう充分です。神さまのおそばに・・・」と祈ったこともあります。しかし神さまのご計画は別のところにありました。息子はその都度、危機的状況をくぐり抜けて生還し、言語障害や身体機能障害の後遺症も克服しました。

 しかし、最大のショックはその後にきました。アメリカ由来の血液製剤を介して感染した薬害エイズとC型肝炎でお仲間が次々に亡くなっていったことです。そのころ主人も定年退職を機に難病患者の家族会の会長を引き受けて奮闘しました。息子にも肝硬変を待つばかりの不安な年月が過ぎて行きました。そして遂にこの度、3度目のインターフェロン治療が功を奏して、ウイルスを完全に駆逐することが出来たのです。長い肝炎ウイルスとの戦いは終わりました。今は天国の雨宮てるおばあちゃんが息子のために、あの温かい毛筆で色紙に書いて祈って下さった聖句に、私たちはずっと励まされ続けました。「ロマ書5章3〜5」のみ言葉です。

 「希望は失望に終わることはない」このみ言葉をかみしめ、いま心から主への感謝に満たされています。無条件に、平等に、すべての者に注がれている神さまの愛、この大きな愛に答えて、いつも喜び、絶えず祈り、すべてのことに感謝して、日々の歩みを続けたいと思います。(2012年2月12日 信徒証礼拝 要旨)


■安田 志峰

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