2010年11月号 ←前へ   次へ→
今月の御言葉
4 あなたたちは見た わたしがエジプト人にしたこと また、あなたたちを鷲の翼に乗せて わたしのもとに連れて来たことを。5 今、もしわたしの声に聞き従い わたしの契約を守るならば あなたたちはすべての民の間にあって わたしの宝となる。世界はすべてわたしのものである。6 あなたたちは、わたしにとって祭司の王国、聖なる国民となる。
出エジプト記19章1〜25(新共同訳)
 モーセが率いるイスラエルの民は、シナイ半島に逃れ、エジプトの脅威はなくなりました。しかし食べ物・着物に事欠く(日常生活に安定感を持つことができない)厳しい旅が続きます。民はモーセを頼りとして、不平不満が口から出続けます。日々、無力さ、飢餓感、希望を持ち切れない辛さ嘆き、それが彼らの持ち物です。一つの極限状態に身を置くことになるのです。神様の助けが感じられないのです。

 それを言い表わす聖書は、他方で私たち人間が神様の前に本来無一物であり、何の力もない者であり、ただ恵みによって生きる者であることを示しています。人は神様によって造られて人となるのです。自分の力や知恵を用いて日々を過ごす私たちですが、でも自分の命を完全に自分のものとすることはできません。いつか死ぬことを知る命しか持てません。永遠なる神様をとらえることはできないのです。神様によって生きるのでなければ、人間は気が間や無力さを取り除けないのです。

 出エジプトの民は、身の回りが不足だらけの旅を続けます。それは人間として生きる信仰による全く新しい歩みへの出発の備えの時でもあります。この民は、エジプトを出て3カ月目、シナイ山の麓まで来ます。

 モーセはここで神様から「あなたたちを鷲の翼に乗せて わたしのもとに連れて来た」と聞くのです。こんな辛い旅であるのに、神様がすべての力となってここまで運んでくださった、と聞いたのです。思い出せば、モーセは召命の時(出エジプト3〜5章)、神様を頼りにして歩む道を心にしました。これは神様に対して自らを低くすることを知っていて聞くことができる言葉です。イスラエルの民は、苦しい旅ですが、モーセと共に歩むことで神様への信頼が全てであることを示されているのです。

こうしてモーセは、「私の契約を守るなら、…あなたたちは私の宝となる。」と祝福の言葉を聞きます。守り導いてくださる神様はこの民に契約を求められるのです。神様の確かさを届けてくださるための契約です。神様からの戒めです。民は肯くかどうかが求められる契約です。「私の契約」―それはこの民を神様ご自身の宝としてくださる、その契約です。

この言葉を聞いてモーセは十戒を受けるために山に登ってゆくのです。

( 牧師 金井俊宏 )



教会員の投稿
■山田三朗兄の名古屋広路教会での証(2010年11月14日)より抜粋

「神さまのみちびき」ヨハネによる福音書14章6節15章16

(キリスト教との出会いと受洗にいたる部分、帰国後の部分は、紙面の都合で割愛させていただきました)  次いで、サラリーマン生活の最終章である1998年から2006年のフィリピンでの8年間の仕事及び生活について語りたいと思います。54歳から62歳までの頃です。赴任したフィリピン子会社の経営状況は最悪でした。私に課せられた任務は、この赤字会社を黒字にして、経営再建を果たすことでした。当面考えられる改善をやりましたが、黒字になりません。どうしようか、焦燥感にさいなまれました。本社の役員からは、一年以内に戻ってこいと決め付けられ、帰国命令書を突きつけられました。そこで、覚悟を決め自らを裸にすべく、自らのすべてを見直しました。サラリーマン的な出世根性がわずかでもあってはこの難局は乗り切れない。捨て身になって、裸になって、自らを捨てきらないと事態は変わらないと思いました。祈りました。何度も祈りました。夜中に何度も目覚め、考え、祈りました。そこではっとして自らの愚かさ、余計な飾りに気づきました。自分を捨ててすべてを神にゆだねる、自分を無にする、そして他者のため、働くフィリピンの従業員のため、またフィリピン社会の為に尽くそうという決意しました。そのような気持ちになって、仕事への的が絞られ、ほっと息をつきました。

 そういった困難なときに、2人の女性があらわれました。一人は、イギリス人宣教師で私たち夫婦が籍を置いたマニラ日本語キリスト教会のジュン・グリフィス牧師です。もう一人は、フィリピン女性で英語の家庭教師のバーバラさんです。お二人とも私にとって、私の全てが見透かされるほどの怖い存在でしたし、また優しくすばらしい女性でした。日曜日も、仕事がよく入っていたために、ジュン先生とお会いする機会は多くありませんでしたが、それでもジュン先生が語られる神様からのメッセージは伝わってきました。またバーバラさんのレッスンは8年間続きました。彼女はMBA(経営学修士)を取得するための勉強をしていましたので、経営にも明るく、英語のみでなく、仕事と生活、そして信仰にいたるまで全ての話が出来ました。彼女は、私が語ることについて一つ一つ丁寧に敬意を払って答えてくれました。どんな小さな問題についても私自身の考えの中に異質なものがあれば、首をかしげて、助言をしてくださいました。私の判断に汚れがなければ、彼女は笑顔を見せてくれました。彼女は敬虔なクリスチャンです。彼女は私にとって、英語の先生でもあり、信仰の先生でもありました。そうして、少しずつ多くのことに気付き始めました。

 崖っぷちに立たされた私は自分個人の欲を捨てました。祈り、自分を捨てて、神にすべてをゆだねる姿勢にシフトしました。神はこのとき確実に私を変え、状況を変えてくださいました。私自身は変わり始め、関係する多くの人たちと裸の対話が出来るようになり、謙虚になりました。そして、特に働く人たちの幸せの為に全力をつくそうとの気持ちになり、一人ひとりを大事にしました。フィリピン従業員との距離も縮まり、2006年3月に会社の再建は完了しました。


■深津 玲実

挿絵「放蕩息子の譬」

ルカ15章11〜19




■安田 志峰

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