約束の証
約束の証


「・・・困ったな・・・・」
  ここまで来たはいいが、その先を考えていなかった。
  ベルナールは陽だまり邸の玄関前で立ち止まる。
  ここへは何度も来ているし、屋敷に住んでいるのは気心の知れた人物ばかり。
いつものように呼び鈴を鳴らせばいいのだが、なぜかためらってしまう。
他の住人と顔をあわせるのは妙に気恥ずかしかった。
  原因はきっと、これだ。
  ベルナールは右手に乗せた小箱を見て、ため息をついた。
  手のひらにおさまるくらいのピンク色の箱。リボンは白で、銀色の小さな鈴がついている。
  何日も前から用意した、とっておきのプレゼント。
  彼女はいるだろうか?
  逢う約束はしていなかったから、もしかしたら外出しているかもしれない。
オーブハンターとして仕事に出かけている可能性もある。
  ふいに玄関が開いて、ベルナールの心臓が跳ね上がった。
「おや、ベルナールではありませんか」
  中から顔をのぞかせたのは陽だまり邸の主、ニクスだ。
「やあ、こんにちは」
「今日はどうしたのですか。取材ですか、それとも何か情報を?」
  にこやかに微笑むニクスの視線が自分の右手に注がれているのに気がついて、ベルナールは
慌てて後ろへ隠した。
「なるほど、アンジェリークに?」
「あ、いや、その・・・」
  図星なだけに返答に困ってしまう。
「ああ、ちょうどいいところへ。アンジェリーク、ベルナールが取材に来ましたよ」
  キッチンからアンジェリークがやってきた。手にはお菓子の乗ったお皿を持っている。
「こんにちは、ベルナールさん。ちょうどお菓子が焼けたんです。一緒にお茶にしませんか?」
「ああ、アンジェリーク。先にベルナールの取材を受けてはどうでしょうか。幸い今日は
良い天気ですし、庭園で話をするのも心地がよいですよ。いかがですか、ベルナール?」
  ニクスはあいかわらずにこにこと笑っている。ベルナールはその笑顔に何もかも
見透かされているような気がした。
  きっとニクスなりに気を使ってくれているのだろう。
  ここはその言葉に甘えさせてもらうことにした。
「ああ、そうだね。じゃ、行こうか、アンジェ」
  アンジェリークを誘って、緑が芽吹き始めた庭園をゆっくり歩いた。
  なんとなく話すきっかけをつかめなくて、無言のままで。
  頬をかすめていく風は少し冷たかったが、それも気持ちがいい。
「ベルナールさん、取材って・・・」
  アンジェリークにためらいがちに声をかけられて、ベルナールは立ち止まった。
  心に決めてきた言葉を言うなら、今しかない。
「ああ、ごめんよ。本当は今日、取材で来たんじゃないんだ」
「え?」
「きみに、これを渡そうと思って。先月のチョコレートのお礼だよ」
  右手の小箱をアンジェリークの両手にそっと乗せた。
「ありがとうございます。開けてもいいですか?」
「ああ、もちろんだよ」
  軽やかな鈴の音がして、リボンが解かれる。ピンクの箱の中にあるのはクリーム色の
クッションに包まれた、銀色の指輪。
  指輪の途中から2本に分かれて、その輪が翼の形になっていた。
両翼の間には小さな青い石があり、青い石に羽根が生えているように見える。
  一目見て、気に入った指輪だ。
  アンジェリークの顔がほころんで、ベルナールはほっとため息をつく。
「ありがとうございます、ベルナールさん。大切にします」
「アンジェ、ひとつお願いがあるんだけど、いいかな?」
「はい、何ですか?」
「・・・その指輪、よかったら左手の薬指につけてくれないかい」
  アンジェリークは自分にとってかけがえのない存在だ。そして「女王の卵」である彼女は
このアルカディアにとっても必要不可欠な存在である。
  それでも。
  彼女を独り占めしたい。そう思うときがあった。
  この指輪にはそんなベルナールのひそかな願いも込められている。
「・・・ベルナールさんがつけてくれますか?」
  アンジェリークの左手がそっとベルナールのほうへ差し出される。
  ほんのりと紅く染まった頬のアンジェリークも可愛らしい。
  ベルナールは迷わず、指輪を薬指に嵌めた。
  その手を引き、腕の中へ抱き寄せる。そしてアンジェリークの耳元でそっとささやいた。

「この指輪はきみを世界一幸せな女の子にしてあげる、約束の証だよ」






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