月明かりが紡ぐ夢
月明かりが紡ぐ夢




 





ベルナールが陽だまり邸を訪れたのは、日が傾きかけた頃だった。
普段ならばもっと早い時間に訪ねるのだが、今回はわざと遅い時間にやってきた。
「こんな時間にどうかなさったのですか?ベルナール」
出迎えてくれたアンジェリークとニクスが不思議そうな顔をしている。
「ちょっと、アンジェにお願いがあって来たんだ」
「私に?」
「そう。取材に同行して欲しいんだ」
「……タナトス、ですか」
やはり真っ先にそれを思いついたのだろう。アンジェリークの表情が曇る。
「いや、タナトスじゃないよ。珍しい花があるって教えてもらってね。君の感想を聞いてみたいんだ」
ベルナールは取材先を告げる。陽だまり邸からそれほど遠くはない。
今から出発しても日が完全に沈む前には到着できるだろう。
「どうだろう。ダメかな」
でも、と呟いてアンジェリークはニクスを振りかえる。
「我々のことでしたら、気になさらなくて結構ですよ。どうぞ行ってらっしゃい」
ニクスの笑顔に見送られ、二人は陽だまり邸を出発した。
「珍しい花って、どんな花なんですか?」
隣を歩くアンジェリークが口を開いた。
「満月の夜にしか咲かない花なんだそうだ」
それもこのくらいの時期に、たった1日しか咲かないという。
「今日咲くって聞いてね。どうしても君と一緒に見たかったんだ」
できれば、ふたりきりで。
これはベルナールのちいさなわがままだった。
この機会を逃してしまったら、次はいつ一緒に見られるかわからない。
ただでさえ、アンジェリークはオーブハンターとして忙しい日々を送っている。
ベルナールとて新聞記者としてあちこちを走りまわる毎日だ。
都合があうのならば、できるだけ多くの時間を彼女と一緒に過ごしたかった。
目的地は街道から少しはずれた森の中にあった。開けた場所に腰くらいまでの高さの植物が群生していた。
どの株にも手のひらくらいの大きさの蕾がついている。
「間に合ったみたいだね」
そろそろ日が沈む。
この花は暗くなると少しずつ蕾が綻び、月が中天に差しかかる頃完全に開く。
今はまだ蕾は固く閉じている。花が開きはじめるにはまだ時間がかかりそうだった。
近くの木の根元にふたり並んで座る。そこからは花がよく見えた。
他愛もない話をしながら、夜の訪れを待つ。
子どもの頃の思い出、取材先での出来事、オーブハンターの噂。話したいことはたくさんあった。
どのくらいそうして話していたのか、ふと会話が途切れる。
まるで周囲の音がすべて消えてしまったかのような静けさ。風の音すら聞こえない。
その静寂さえも愛しかった。
見上げた空に浮かぶ綺麗な満月。投げかけられたやわらかな光があたりを照らしていた。
ベルナールは隣に座る少女に視線をうつす。アンジェリークは幹にもたれるようにして眠っていた。
そっとアンジェリークの肩に腕をまわすと自分の方へ引き寄せる。
少しでも楽になるよう、自分の肩にもたれさせた。
やはり、疲れているのだろうか。心なしか顔色がよくない。そっとアンジェリークの頬にふれた。
まるで壊れ物にふれるかのように、優しく。
どこからか、さらさらと微かな音が聞えてくる。
蕾が綻びはじめ、白い花びらが見え隠れしている。花びらがこすりあい、音を奏でていた。
その音は、まるで別れまでの時を刻む砂時計の砂が落ちる音のようだ。
止めたくても、止められない。
彼女は普通の浄化能力者ではない。今だ目覚めていないとはいえ、このアルカディアを救う女王だ。
いずれこうして二人きりで過ごすことは出来なくなるだろう。
どんなに強く願ったとしても、変えられない事実。別れのときは確実に近づいている。
そろそろアンジェリークを起こそうかと思ったが、ベルナールは思いとどまる。
きっと彼女が目を覚ましたら、美しい花に夢中になるだろう。
もう少しだけ彼女をひとりじめできる幸福を味わっていたかった。
蕾が花開く、その時まで。



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