ロシアン・ルーレット




全員揃ってのティータイムなんて久しぶりだ。
サルーンでニクスの手伝いをしながら、アンジェリークは何だか嬉しくなった。
タナトス退治の依頼は途絶えることがない。オーブハンターの仲間たちは言葉通り、
アルカディア中を駆け回っている。アンジェリーク自身も昨日の夜遅く、ジェイドと一緒に
平原の村サンテーヌで依頼を完了して帰ってきた。ヒュウガは今朝戻ってきたばかりだ。
紅茶の芳醇な香りがサルーンに広がる。今日のお茶はアンジェリークも一緒に選んだ。
ニクスの所有している茶葉はどれも疲れを癒してくれるし、心が安らぐ。
今日はニクスも気に入っているという、優しい香りと花のようなほのかな甘さが感じられる
茶葉にした。
キッチンからはお菓子の甘い香りが漂ってくる。ジェイドが作っているクッキーはそろそろ
焼きあがりだろうか。
ヒュウガが庭園からサルーンへ戻ってきた。レインも自室からやってくる。
「ああ、みんなお待たせ」
ジェイドが焼きたてのクッキーを載せた皿を持ってキッチンからやってきた。
「こうやって全員揃ってのティータイムって久しぶりだね」
ジェイドの言葉にそれぞれが同意を示す。それくらい忙しい日々が続いていたのだ。
おいしい紅茶とクッキーと。そして大切な仲間と他愛のないおしゃべりと。
なんて素敵な時間なんだろう。
アンジェリークはティーカップに注がれた紅茶を見つめながらそう思った。
ふいにジェイドがドアのほうを向く。
「おや、誰かが来るみたいだね」
「急な依頼だろうか?」
「いや、そんなに急いでいる様子じゃないみたいだ」
ドアの呼び鈴が鳴る。ジェイドが扉を開けるとそこに立っていたのはベルナールだ。
「やあ。突然すまないね」
「今日はどうしたのですか、ベルナール?」
「聖都に取材に行ったら、頼まれごとをされてね。君たちオーブハンターにこれを届けて欲しいって」
ベルナールが持っていた箱を掲げる。
「誰からの依頼だ?」
「ああ、ルネ君って言ってたかな。取材中、銀花の苑で行き会ったんだ」
アンジェリークはセレスティザムで出逢った少年のことを思い出した。
気まぐれでちょっぴり意地悪で。そして時々寂しげな表情をする。不思議で、どこか印象深い少年。
「みんなに1つづつ渡してくれって」
ベルナールは箱をテーブルの上に置き、ふたを開けた。中からはさらに小箱が出てくる。
それは片手に乗るくらいの正方形の箱で、色がすべて違っていた。
「中に1つだけ当たりが入っているそうだよ」
「当たり?何だってそんなものが入っているんだ」
レインの不審そうな声にベルナールが苦笑する。
「それは僕に聞かれても困るな」
「贈り主なりの感謝の気持ちなのだろう」
「当たりが入っているなんて、なんだか面白そうだね」
「せっかくいただいたものですし、状況を楽しむ余裕も必要ですよ、レイン君」
「それじゃ、適当に配ってもいいかな?」
ベルナールから渡されて、アンジェリークはピンクの箱を受け取った。
そしてベルナールはレインには緑、ジェイドには黄色、ヒュウガに白、ニクスに青の箱を渡した。
残ったオレンジの箱はベルナールの前にある。
「どうしてベルナールが仕切ってるんだ?」
「まあ、細かいことはいいじゃないか、レイン君。アンジェリーク、箱を開けてごらん」
言われたとおり箱を開けると、丸いチョコレートの入った籠が出てきた。
「ふうん、チョコレートか」
箱を開けたレインがつぶやいた。どうやら残りも同じものだったようだ。それぞれが籠を
手にしている。
レインがチョコレートをつまんで口に放り込んだ。
「悪くない味だな」
アンジェリークも1つ食べてみる。
濃厚な甘さとほのかな苦味が口いっぱいに広がった。かすかに香るのは果物のリキュールだろうか。
「おいしい」
なぜかヒュウガだけ、ふと眉を寄せる。甘いものは苦手ではなかったと思ったが、違ったのだろうか。
アンジェリークはチョコレートをもう1つつまんだ。
「あら?」
籠に敷かれた薄い紙の下からレースで作られた小さな袋が出てきた。中に入っていたのは、
バラの形をした白いブローチと小さく折りたたまれた手紙。
手紙には『いつも頑張っているキミへ』と書かれていた。
「おや、当たりを引いたのはアンジェリークだったようですね」
アンジェリークの手元を見たニクスが微笑む。
ベルナールがオレンジの小箱を持って立ち上がった。
「届け物も済んだことだし、僕はそろそろ仕事に戻らないと。これ、もらっていくよ。
ルネ君が残った箱はお礼にくれるって言っていたから」
玄関へ向かったベルナールを見送るためにアンジェリークは席を立った。
「ベルナール兄さん、今日はありがとうございました」
「いいんだよ、元気そうな君の顔も見れたしね」
ベルナールがいたずらっぽい笑みを浮かべてアンジェリークの耳元に唇を寄せた。
「実はね、贈り主から君にピンクの箱を渡すようにって頼まれていたんだ。彼はどうしても君に
あれを贈りたかったらしいね」
ちょっと妬けるな、と小さな声でベルナールがつぶやく。
そしてオレンジの小箱を目の前にかざして首をかしげた。
「そういえばルネ君は、はずれも1つ入っているって言っていたけど、誰がはずれだったんだろう?」






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