優しいぬくもり
優しいぬくもり


  暗くて冷たい場所に1人、ぽつりと立っていた。
  頭上から降りしきる雨が身体の熱を奪っていく。
  いつまで待てばいいのだろうか。
  どれだけ祈りを捧げればいいのだろうか。
  頭ではわかっているのだ。
  いつまでも待っても、どれだけ祈りを捧げてもこの願いは永遠に叶うことはない、と。
  でも、心がついてこない。ひたすらに、願いが叶うことを求めている。
  息ができないくらい苦しかった。
  どうすればこの胸の痛みから解放されるのだろう。
  瞳を閉じて、ただ祈る。
  虚空へと手を伸ばす。求めるものは掴めるだろうか。
  まぶたの裏に一筋の光が差した。
  優しい香りと共に、指先にあたたかいものが触れる。
  どうか、この手に。
  祈りを込めて、そのぬくもりをぎゅっと握り締めた。

  身体がふわりと浮くような感覚を覚えて、ルネは目を開けた。
  暖かな日差しが入り込んでいる窓から見えるのは白雪に包まれた聖都。
  ここはルネの私室だ。
  いつの間にか机に突っ伏して眠っていたらしい。
「ルネさん?」
  声のするほうを向くと、心配そうな顔をしたアンジェリークがいた。
  右手がいつもより温かいと思ったら、彼女の手が重ねられている。
「ルネさん、悪い夢を見ていたんですか?」
「夢?」
「なんだかうなされているみたいだったから」
「・・・夢、なのかな」
  あれは自分の過去の心だ。
  アンジェリークがエレボスを滅ぼすために戦いに向かった、あの時の想い。
  女王となれば、彼女は決して自分の手が届かない場所へと昇ってしまうはずだった。
  だから決別の言葉を口にしたのに。
  それでも心では諦められなくて。ほんのわずかな希望を捨てられずに、雨止みの広場へ
行ったのだ。
  そして、彼女は戻ってきてくれた。
  祈りは天に届いたのだ。
  それなのに何故あの時の想いを夢に見るのだろう?
「アンジェリーク、そこの椅子に座りなよ」
  自分の隣にある椅子を示すと、アンジェリークはそこへ座った。
  彼女が動いた拍子に、ふわりと優しい香りがルネの鼻を掠める。
  机の上においてあるサシェと同じ香りだ。
  大切な思い出と共にある、大好きな香り。
  ああ、とルネは思った。
  あの時の気持ちを夢に見るのは、彼女を失いたくないからだ。
  自分の知らなかった、広い世界を教えてくれた。
  人を想う優しさ、強さをたくさんもらった。
  アンジェリークは誰よりも大好きで、大切な人だ。
「ルネさん?」
「不思議だね。どうしてボクはこんなにきみを好きになってしまったんだろう」
  彼女はこの世界を救う女王。自分ひとりが独占してしまっていい存在ではないことは
わかっていた。
  それでもこの手を離したくない。
「アンジェリーク、お願いがあるんだ」
  ルネはアンジェリークの右手を引き寄せて指を絡めた。
  そしてそのまま机に伏せて目を閉じる。
「もう少しだけ、このままでいさせて」
  ほんのひとときだけでもいい。この優しいぬくもりに包まれて眠りたい。
  せめてこの部屋にいる間だけは、自分ひとりの大切な存在でいてほしいから。






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