ひそやかな願い
ひそやかな願い


 穏やかな夜だった。
 夜空には星々がきらめいている。
 風に揺れてざわめく梢、火にくべられた薪のはぜる音。時折聞こえるのは梟の鳴き声か。
 深い藍色に染まった中、2人の周囲だけがほのかに紅い。
ヒュウガとアンジェリークは巡礼の村ラシーヌでの依頼を終えた帰り道、途中で日が
暮れてしまったために野営をしていた。
「ヒュウガさん、お茶をどうぞ」
「ああ、感謝する」
 ヒュウガはアンジェリークから差し出されたカップを受け取る。
 アンジェリークもカップを持って、ヒュウガの隣に座った。毛布から出した両手で
暖を取るようにカップを包み、夜空を見上げている。
「ヒュウガさんは流れ星って見たことありますか?」
「ああ、何度か」
 騎士団にいた頃は今のように野営することが多かった。仲間と共に語り合いながら
夜を明かしたことは2度や3度ではない。そして、眠れずに1人で夜空を見上げていたことも。
「私、流れ星ってまだ見たことがないんです。小さい頃、流れ星を見たくて頑張って起きていた
こともあるんですけど、いつの間にか眠ってしまって。気がついたら朝だった、ってことばかり」
 カップを置いたアンジェリークが小さな笑みをこぼした。
「何で起こしてくれなかったの、って両親を困らせたこともあるんです」
 小さな少女が頬を膨らませて怒っていて、両親は困った顔をしながらも優しい瞳で子どもを
見つめている。そんな光景が浮かんできた。
「この前、ジェイドさんからおまじないを教わったんですよ」
「流れ星にまつわるものなのか?」
「はい。流れ星を見たときに願いごとを言うと、その願いがかなうっていうおまじないです。
素敵なおまじないだからやってみたいな、と思って」 
 だから空を眺めていたのか。
「今夜、見ることができると良いのだが」
「ええ、そうですね」
 アンジェリークの願いは決まっているのだろう。
 この世界にとってかけがえのない存在である、女王の卵。
 彼女はいつでもアルカディアの人々の幸せを祈っている。
 しばらくヒュウガも星空を見つめていた。太陽のように強い光でもなく月のようの
優しく包む光でもない、小さな輝き。小さくても決して消えることがない。 
 希望のようだ、とヒュウガは思った。
 だから人々は星に願いを託すのだろう。
 ふいに肩に重みを感じてヒュウガはそちらに視線を向けた。
 アンジェリークがヒュウガの肩に頭を預けるようにして眠っている。
 依頼を終えてきたばかり、今日も一日中歩いていたのだ。やはり疲れていたのだろう。
 ヒュウガは起こさないように気をつけながらアンジェリークの肩にかかっている毛布を
そっと直した。
 起こしてしまうのもしのびない。
 朝になったら、アンジェリークは怒るだろうか?
 かつて両親を困らせた、子どもの頃のように。
 ヒュウガは空に視線を戻す。
 中天付近でちかちかと瞬く星が目に留まった。
 しばらくして、白く小さな光がいくつか流れ落ちていく。
 ヒュウガは目を閉じた。
 すべてを賭けて、大切な人を守り抜く。
 それがヒュウガの願いだ。
 目を開けて、隣で眠る少女の顔を見つめる。
 この少女を守りたいと思うのは、彼女が女王の卵だということだけではない。
 自分にとってアンジェリークはかけがえのない、いとおしい存在だからだ。

 ヒュウガはあどけない顔で眠るアンジェリークの髪を一房手に取り、そっと口付けた。






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