賭けの行方
賭けの行方



 


ここのところぼんやりしている、と自分でもわかっていた。何をしても集中できない。
それが大好きなアーティファクトの研究であっても、だ。
それでいて、急にイライラすることもある。何かを壊したい衝動に駆られる。
けれど「何故」なのかがレインにはわからなかった。
自分の感情を持て余し、ただひとり部屋に閉じこもるようにして日々を過ごしていた。

 気分をかえるためにアンジェリークを誘って外に出ようと考え、レインはサルーンへ顔を出した。
そこにいたのはニクスひとり。手慰みにいじっていたのか、テーブルにはカードが散らばっている。
「ニクス、アンジェリークは?」
「彼女でしたらヒュウガと一緒に依頼人に会いに行きましたよ。
ジェイドは買出しに行くと言って出ていきました」
「そうか……」
 陽だまり邸にいないのなら仕方がない。
部屋に戻ろうと振りかえったところでニクスから声がかかる。
「レイン君。よろしければお茶につきあっていただけませんか?」
 ニクスはにこやかにティーポットを示す。特に断る理由もないのでつきあうことにした。
レインはニクスの向かいのソファに腰をおろす。
 ニクスは散らばったカードを手早く片付けると優雅な手つきで紅茶を淹れる。
「何か悩み事でもあるのですか?」
 カップを差し出しながらニクスが訊ねてくる。答える気はないので黙ってカップを受け取った。
「話してはいただけないのですね。それでは賭けをしませんか?」
「賭け?」
 ニクスはカードを手に取ると無造作に四枚を抜く。そして裏をむけた状態でテーブルに並べた。
「この四枚の中から一枚選んでください。ハートだったら私の勝ち。
それ以外でしたらレイン君の勝ち。あなたの負ける確率は四分の一。悪い話ではないと思いますが」
「俺が勝ったらあんたは何をしてくれるんだ?」
「あなたの知りたいことをひとつ、お話しましょう」
「俺が負けたらあんたの知りたいことを話すってわけか。いいぜ」
 レインは一枚を手に取りひっくり返す。現れたのはハートのQ。
 レインの負けだ。潔く腹を決める。
「で、何が知りたいんだ?」
「そうですね。平和になったら、どうしますか?」
 てっきり何を悩んでいるのか、と聞かれると思っていた。そのための答えも用意したのに。
違う質問をするとは意外だった。
「そうだな。研究、かな」
 そう答えると、ニクスは人の悪い笑みを浮かべる。
「そういった表向きの答えではなく、本心を教えていただけないですか」
「どういう意味だ?」
「平和になるとはどういうことなのか、考えましたか?」
 平和になるということは、このアルカディアに女王が誕生するということ。
それはすなわち今の生活が失われるということだ。
 平和の先に待っているものは希望でも未来でもない。
 永遠の別れだ。
 女王になれば彼女はたったひとりで聖地にいくことになる。
自分の手の届かないところへ行ってしまう。
 平和になんかならなければいい。今のこの生活がずっと続けばいい。
 レインはそう思っている自分を発見した。
 矛盾する気持ち。これが自分をいらだたせていた原因だったのか。
オーブハンターとしてタナトスに苦しむ人々を助けているのに。
アルカディアの平和と引き換えにしてでも、アンジェリークのそばにいたい。そう願う。 
 好き、だから。
いつもそばにいて、守りたい。
 今はどうすればいいのか、わからないけれど。
きっとなにか方法があるはずだ。彼女の手を離さずに世界を救う方法が。
「答えが、見つかりましたか?」
「ああ」
 大切な人と、同じ時を過ごしたい。それが、願い。
「では、その答えはまた後日改めて聞くとしましょう」
 レインはカップに手を伸ばす。中の紅茶はすっかり冷めていた。
「おや。お茶が冷めてしまいましたね。淹れ直しましょうか」
 ニクスはティーポットを手に立ちあがるとキッチンへ向っていった。
 残されたレインは、じっとハートのQを見つめる。
そして、今だに裏返ったままの三枚のカードをめくる。
 出てきたマークはすべてハートだった。
「……やられた……」
 ニクスは最初から、話を聞き出す気でいたのだ。あの賭けは、彼なりの冗談だったのだろう。
「まぁ、いいか」
 おかげで大事なことに気がつけたから。
 レインはハートのQ以外のカードを元の通りに裏返す。
かわりに残りのカードの山から一枚のカードを抜き出す。
 それは、ハートのA。そのカードをレインはポケットに仕舞いこんだ。

 この恋は、誰にも邪魔はさせない。



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