祈り
祈り
その場所は、静寂につつまれていた。
自分の他には誰もいない。耳に痛い程の静けさが、あたりを支配していた。
何故、ここに来たのか。自分でもわからなかった。
奥州の平和を願い、建てられた金色堂。
平和な奥州に戦を呼びこもうとする自分がいるべき場所ではない。
沈黙のなか、淡い光につつまれ、やわらかな微笑みをたたえた如来が、静かにたたずんでいる。
たかが仏像なのに、何故これほどまでに落ちつかない気分にさせられるのか。
人を殺め、自らの手を血で汚してきたからなのだろうか。
奥州を守るため、と大義名分を掲げている。しかし、本当に戦いが必要なのだろうか。
争いの種を、みずから奥州に招き入れたのは、まちがいなく自分だ。
拒絶すればよかった。助けになど行かなければよかったのだ。
そうすれば、奥州はいましばらく平和を保てるはずだった。
それでも、助けずにはいられなかった。放っておけば殺されるだけだと、わかっていたから。
「泰衡さん?」
静寂を破る、涼やかな声。
「龍神の神子殿か」
振りかえれば、一人の少女が立っている。戦装束を身に纏い、太刀を振るう、姫武者。
龍神の加護を得た、源氏の戦女神。
そう称えられたとしても、今では敗残の身。鎌倉の源頼朝から追われる身だ。
「神子殿が、このような場所に一人でいらっしゃるとは、いささか無用心ではないのか?」
常に神子は八葉と共に行動をしているはずだが、その八葉の姿が見当たらない。
「今日は、みんな忙しいみたいだったし、銀に連れてきてもらったんです」
「ほう。役に立っているようで何よりだ」
「それより泰衡さんは何をしてるんですか?」
「別に。領内を見てまわるのも、仕事のうちだ」
そう神子には言ったものの、自分でも何故ここにいるのか、わかっていないのだ。
自然と来てしまったのだ。
まるで、導かれるように。
「きれいな仏像ですね。何ていうんですか?」
「……阿弥陀如来だ。西方浄土へ人々を導くといわれている」
「へぇ。すごいなぁ……」
神子はそう言うと熱心に仏像を眺める。
「神子殿も、浄土をお望みか?」
龍神の加護を持つ、その身で、死後に浄土へ行く事を望むのか。
「よく、わからないです。私はいつかは自分の世界に戻るんだし」
でも、と口にした神子は、とても穏やかな顔をしていた。
「私の大切な人たちが、浄土に行けるならいいな、って思って」
「お優しいことだ」
神頼みなど、弱いもののする事だと思っていた。信じられるものは己の力だけだと。
だが、今は違う。
信じられる相手がいる。己のすべてをかけて、力になりたい友がいる。
たとえ自分の思いが相手に届かなくともかまわない。そう思える相手が。
そうか、と思った。何故ここに来てしまったのか、わかった気がした。
自分は浄土に行けるはずもない。それはとうにわかっていることで、納得もしている。
ただ彼が、穏やかに過ごせればいい。そう願ったから。
波乱続きの友に、心安らげる場所を与えてやりたかった。
たとえ、それが死後に赴く場所であったとしても。
思わず笑みがこぼれる。ここまで弱くなったのか、と。
それと同時に強くもなっているはずだ。守りたいものが、あるのだから。
「高舘へ戻られるのならば、送っていこう」
たまにはこちらから顔を見せに行くのもいいだろう。そう、思った。
遠く離れていった友に、今でも問いかける。
心安らげる場所に、たどりつけたのか、と。
彼のもとに続いているであろう、空を見上げる。
雲ひとつない穏やかな空は、今の自分の心に似ている。
願いは叶うから。
この祈りは、きっと届くのだから。
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