冬に舞う蝶
冬に舞う蝶




 



雪が降る。何もかもを白く染めあげてしまうかのように。
この雪は哭くことすら出来ない自分にかわり、天が流す涙なのだろうか。
そうなのだとしたら。心はこれほどまでに凍りついてしまっているのだ。

ただひとり、ヒュウガは立ちつくしていた。
もうどれだけの時間こうしていたのか、ヒュウガにもわからない。
服は水気を帯び、ずっしりと重くなっていた。髪にも肩にも雪が積もっている。
それだけ長い間、目の前にある墓碑を見つめていた。
つい先程、聖都を見渡せるこの丘に新しく作られた墓。そこには友の名が刻まれている。
不祥事を起こした騎士は、死後聖都で眠ることは許されない。
聖都に戻ることもないまま、この地にひっそりと埋葬された。
友、カーライル。
銀樹騎士団に入団して以来ずっと、共に精進してきた、かけがえのない友。
こんな形で失ってしまうとは考えたこともなかった。
自分が、カーライルからすべてを奪ってしまった。
彼の得た称号も、彼が望んだ地位も名誉も。その命さえも。
タナトスと化したカーライルを斬った時の手応え。己の手を染める鮮血のあたたかさ。腕の中で息絶えた友の身体の重み。
今でもはっきりと思い出すことができる。
すべてはカーライルの心の弱さが引き起こしたのだと、自分を責めることなどないのだと、口をそろえて皆は言う。
本当に、そうなのだろうか。
もっと早く彼の想いに気付いていれば、永遠に失うことはなかったのかもしれない。
もっと早く彼を見つける事ができれば、救うことができたかもしれない。もっと早く……。
過去のことを悔いてばかりいる。
己の心もまた、弱いのだ。
失ってしまったものの重さを背負いきれず、膝をついてしまいそうになるほどに。
背後に人の立つ気配を感じたが、ヒュウガは動かなかった。
ここまで自分を探しに来る者など、もうひとりの親友以外ありえない。
髪に、肩に、降り積もった雪がはらわれる。
「もう、気はすんだか?」
優しい声。肩に置かれた手の重みが心地いい。
「皆が心配している。戻ろう、ヒュウガ」
「ディオン……」
なにもかもわかっているのか、ディオンは何も聞こうとはしない。下手な慰めも口にすることはない。
ただ、そばにいてくれる。それが今のヒュウガにはありがたかった。
そのまま二人とも黙ったままでいた。しばらくしてディオンが何かに気付いたのか、口を開いた。
「ヒュウガ、貴様剣はどうした?」
騎士として、常に身を守るための武器を携帯することを義務付けられている。それが、今はない。
「カーライルに、持たせた」
彼の命を奪った剣だけれど。
「カーライルは騎士だ。せめて、剣くらい持たせてやりたかった」
埋葬される寸前、親友に己の剣を抱かせた。せめて騎士として見送ってやりたかった。
自己満足にすぎないとわかっている。
それでも。
ヒュウガは握り締めていた右手をひらく。ちいさなかけら。カーライルの身体についていたものだ。
なにかの道具のようだが、それが何なのか、ヒュウガにはわからない。
だが、このかけらが唯一、カーライルを襲った悲劇の謎を解明する鍵になる。それだけはわかっていた。
もう一度、右手を握り締める。
「ディオン。俺は必ず、カーライルの身に何が起こったのか、つきとめてみせる」
それが、帰らぬ人となってしまった友にしてやれる、最後のことだから。
たとえ、たったひとりになろうと、どれだけ時間がかかろうと、必ず。
騎士の誇りにかけて、誓う。

風が吹き、雪が舞いあがる。まるで白い蝶が一斉に飛び立ったかのように。
その中で、カーライルの墓碑から金色の蝶がひらりと飛び立った事に、ヒュウガが気が付くことはなかった。



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