光さす時
光さすとき
「こちらにいらっしゃっていたのですか。お探ししました」
背後から声をかけられて、ゆっくりとルネは振りかえる。
「どうかしたの?ディオン。何か急ぎ?」
視線の先にいるディオンは外套を纏ったままだ。外から戻ってきてそのままここまでやってきたのだろう。
だから何か急ぎの用でもあったのかと思ったのだが。
「特に急ぎの用件はありません」
「じゃあ、何?」
「……帰って来ましたら教団長殿がいらっしゃらないと大騒ぎになっておりました」
ため息まじりにディオンが言った。
そういえば、とルネは思う。
私室を出る時、近くに誰もいなかったので、何も言わずにそのまま部屋を出て、誰にも会わないままここまで来てしまった。
姿が見えない、と騎士達が騒いでいるのだろう。
「よくここがわかったね」
ルネがいるのは滅多に人がこない塔の階段、しかもその途中だ。
「ここが、気に入っておられるようでしたので」
ディオンはさらりと言う。何だか見透かされているようで、少し気に食わない。
と同時にここが気に入っていると気付いてもらえてうれしかった。
確かに、ルネはこの場所が気に入っている。この場所を、というよりここから見える風景を、気に入っている。
聖都の奥にある銀の大樹が、ここからは見える。
教団長であるルネは銀の大樹のもとに行くことができる。それでも時々こうして遠くから眺めてみたくなる。
自分が、この手で守っていかなければならないものを。そのやさしいかがやきを。
「ねぇ、ディオン。どうして聖都の雪はこんなにも降るんだろうね」
唐突にぽつり、とルネはつぶやく。空は曇り、今も外では雪が降り続いている。
腕を外にむかって伸ばす。大きな雪片がてのひらにふれ、とける。
「この雪は、人々の願い、なのかな」
人々は救いを求め、聖都まで巡礼にやってくる。
タナトスのいない平和な世界になることを、アルカディアを支える女王が誕生することを、願っている。
その願いは姿をかえ、雪となって聖都に降りつもる。
人々の願いは純粋で、はかない。そして時に、重い。
人々は聖都の奥にこんなにもやさしいかがやきがあることを、知らない。その光は簡単にはとそ叶いのだ。
だからこうして時々ひとりきりで銀の大樹をみつめる。
近くにありすぎて見えなくなってしまったものを、この風景は気付かせてくれる。そんな気がしていた。
「この雪が、人々の願いだとしても、いつまでも降り続くことは、ないでしょう」
やがて雪はやみ、雲が切れる。雲の切れ間から覗いた太陽の光はあたたかく降りそそぎ、雪をとかしていくのだろう。
「そうだね」
今ならきっと、信じて待つことができる。
世界もまた、ひとつの光によって救われるのだと。
女王の卵という、少女の形をした、あたたかな光によって、願いは叶えられる。
「そろそろ戻りませんか?」
「もう少しだけ」
この風景を、見ていたかった。
肩に、かすかな重みがかかる。ディオンが自分の外套を脱ぎ、着せかけてきたのだ。
「どうぞ。ここは冷えますから」
「ありがと、ディオン」
ルネは視線を空へと向ける。
重く垂れ込めていた雲がきれ、やわらかな光が降り注いでいた。
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