花びらの円舞曲
花びらの円舞曲
「今から私と一緒に出掛けていただけませんか?」
そうニクスに言われたのは、そろそろ夕飯の支度をはじめようかと思った頃だった。まもなく陽が沈む。
こんな時間からどこへ行くと言うのだろうか。
「行き先ですか?秘密です。先に知ってしまっては楽しみが半減してしまいますからね」
聞いてはみたものの、はぐらかされてしまい、アンジェリークは結局何も知らされないまま、陽だまり邸を後にした。
ニクスは手に小さな灯りをひとつ持っているだけだ。それほど遠くに行くわけではなさそうだった。
他愛のない話をしながら、夕暮れの道をふたりきりで歩く。
はじめは街道沿いに歩いていたのだが、途中で脇道にそれたため今どのあたりにいるのかアンジェリークにはよくわからなかった。
陽も沈み、あたりは徐々に暗くなっていく。
「大丈夫ですか?アンジェリーク。目的地はもうすぐですよ」
ニクスに軽くうなずくとアンジェリークはあたりを見まわしてみた。視線の先にちいさな丘が見える以外何もない。
おそらくあの丘が目的地なのだろう。
丘の上にたどりついた時、アンジェリークは驚きに目をみはる。
そこには、あまりに美しすぎる光景が広がっていた。
何もない丘の上にたった一本だけ樹が立っている。大きく広げた枝いっぱいに小さな白い花を咲かせている。
その花のせいなのか、あたりが暗いにもかかわらず、はんなりと白く輝いているかのようだった。
まるで、以前見た銀の大樹のように。
ニクスが見せたかったのは、この樹だったのだ。
「気に入っていただけましたか?」
「はい。とても」
樹の根元まで行くと、花びらが白ではなくほのかにピンク色なのだとわかる。
地面は散った花びらが降りつもり、ピンクのじゅうたんが敷かれているようだった。
ニクスは手近な枝に灯りを引っ掛ける。
ふたりで幹に背を預け、花を見上げた。ちいさな花のひとつひとつがはっきりと見える。
とても愛らしいとアンジェリークは思った。
「昼に見ても美しいのですが、こうして夜見る花もまた、美しいでしょう?」
「本当に、綺麗です」
さぁ、と風が吹き、枝がゆれる。はらはらと散る花びらが、風にあおられて再び舞いあがる。
アンジェリークは腕をのばす。手のひらにふわりと花びらが舞い落ちる。小指の爪ほどの小さな花びらだ。
そっと息をふきかけると、花びらはくるくるとまわりながら、大地へと落ちる。
「まるで、花びらが踊っているみたい」
くるくるとまわったり、風とともに舞いあがったり、とても楽しそうだ。
「それでは、我々も踊りましょうか」
ニクスはアンジェリークの正面に立つと、穏やかに微笑みながら右手を差しのべる。
「お手をどうぞ、マドモアゼル」
アンジェリークはためらいがちに左手をのせる。その瞬間強く腕を引かれ、ニクスの腕の中に倒れこむように、引き寄せられる。
くすくすと笑う声がアンジェリークの耳をくすぐる。
「ニクスさん?」
ニクスはアンジェリークの耳元に唇を寄せるとそっとささやいた。
「さあ、ふたりきりの舞踏会のはじまりです」
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