月下の風花
月下の風花
物音をたてないようにそっと部屋を抜け出した。
夜も更けてきたせいか随分と寒い。
何日も降り続いた雪が今はやみ、雲が切れて月がやわらかな光を投げかけている。
廊下を歩いていると前方に小さな影が見えた。どうやら廊下に座りこんで庭を眺めているようだ。
「何やってるんだ?」
声をかけるとその小さな影―望美がふりかえる。
「将臣くん……?どうしたの?」
「ちょっと眠れなくてな。お前もか?」
「うん」
さりげなく隣に座る。望美の肩が小さく震えている気がした。長い事庭を眺めていたのだろう。
「寒いだろ?これ着てろよ」
着ていた着物を一枚脱ぐとそっとかけてやる。
「ありがとう」
それだけ言うと望美は視線を庭に戻し、黙って見つめている。将臣も隣に座ったまま月を見上げた。
「今日届いた手紙。経正さんからだったんだって?」
将臣のもとに届いた一通の手紙。平家の残党を率いて落ちのびて行った経正からの手紙だった。
平家が落ちつける場所を見つけた。そんな内容の手紙だった。
最後まで守ってやれなかった、大切な人達。
しかし彼ら平家よりも大切なものを見つけてしまったから。
望美についてきたことを後悔していない。それでもずっと心にひっかかっていた。
彼らに安心して暮らしていける場所が見つかった。
もうこの先二度と追っ手の影におびえることはないのだ。
「よかったね。無事で」
「そうだな」
彼らはもう、心配はない。今考えなければいけないのは、自分たちの今後のことだ。
「雪、やんじゃったね」
「ああ。にしても、すごい雪だな」
平泉は雪深い土地だと聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。
もともと雪の少ない土地出身なので、なじみが少ない。
「これだけ降ったら大変だよね……」
何が、とは言わない。言わなくてもわかってしまう。
これだけ雪が積もっていれば、移動するのも大変だろう。そう言いたかったのだろう。
頼朝が、かつての源氏軍総大将であった九郎義経討伐の軍勢を平泉に差し向けた、
と知らせが来たのはもう随分と前のことだ。
この平泉は安全だと言われていても、源氏軍の影が見え隠れしている。心休まる日はない。
「ずっと、雪が降ってくれればいいのに」
ぽつりと望美が呟く。
「おいおい。そりゃ無理だろ」
いずれ季節は冬から春へと移ろいゆく。
そうでなくとも、九郎義経、還内府であった自分がいるのだ。無謀を承知で平泉へ攻めてくるだろう。
おそらく大将は、梶原景時だ。玉が失われたとはいえ、彼も望美を守る八葉だったのだ。
できれば、剣を向けたくはない。
しかし、そんな甘いことは言っていられない。斬らなければ、斬られる。
自分が経験してきた戦とはそういうものだ。
「あ、雪だ」
月が見えているのに、雪がちらつき始めた。
「これって、風花かな?」
「俺に聞くな」
望美は腕を伸ばすと、雪を手のひらで受けとめる。
「きれいだね」
「ああ。そうだな」
きれいなのは、雪だけじゃない。そう、思った。
「そろそろ、寝るか?」
「もうすこしだけ、雪がみたいから」
「……そっか。んじゃ、付合うかな」
雪が舞い散る。それでも、月はその輝きを失わない。
あいつらも、この月を見ているだろうか。
いまだけは、彼らのことを―平家のことを考えても、許されるだろうか。
これからも、元気で。
この思いはきっと月が伝えてくれるだろう。
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