笑顔になる魔法
笑顔になる魔法
豪華でもない。珍しい材料を使っているわけでもない。何の変哲もない普通のケーキ。
だけど決して忘れられない、特別なケーキ。そんなものを作ってみたかったんだ。
彼は笑顔でそう言った。
「今日のお茶請けは俺が用意するね」
そう言ってジェイドは昼食のあとキッチンに入っていった。
手伝いを申し出たが、ひとりで作りたいから、と言われてしまった。いつもなら一緒に作るのに。
仕方がないのでアンジェリークは一度自分の部屋に戻る。ここのところ依頼が増え、出かけることも多くなった。
自分でも気付かぬうちに疲れがたまっているのだろう。ベットの端に腰をおろすと倒れこむように身体を横たえた。
ついそのままうとうとしてしまったアンジェリークは、ノックの音で目を覚ました。
「アンジェリーク、お茶の支度ができたよ。サルーンにおいで」
扉越しにジェイドの声がする。時計を確認する。少し眠りすぎてしまったかもしれない。
急いでサルーンへと降りていく。
サルーンではニクスとジェイドが待っていた。
「あの、レインとヒュウガさんは?」
昼食のときには全員揃っていたのに、ふたりの姿が見えない。
「おふたりは急な依頼があって、出かけています」
「どうして、呼んでくれなかったんですか」
タナトスを完全の浄化するのは女王の卵である自分の力が必要なはずだ。
「たまには休むことも必要だよ、アンジェリーク」
「そうですよ、今はふたりを信じて待つことにしましょう」
さぁ、どうぞ、とうながされアンジェリークはソファに腰をおろす。
ニクスがお茶を淹れている間にジェイドがキッチンからお茶請けのお菓子を持ってきた。
大きなお皿の上にはホールサイズのままでケーキが置かれている。
「これはね、特別なケーキだよ」
そう言うと、ジェイドはケーキを八つに切り分ける。
「さぁ、アンジェリーク。どれがいい?」
アンジェリークがひとつを指さすと、ジェイドが小皿にのせてくれた。
特別なケーキだと言っていたが、見た目は普通のケーキのようだった。
「どうぞ、召しあがれ」
ひときれ口に入れる。ふんわりと甘く、おいしかった。けれど、何もかわったところはない。
「ジェイドさん、このケーキ、何が特別なんですか?」
「それは、まだ秘密だよ」
ジェイドはにこにこ笑ったまま、そう答えた。
他愛のない話をしながら、お茶を楽しむ。ケーキを半分くらい食べたところで、フォークに硬い手応えがあった。
ケーキの中になにか入っているようだった。
アンジェリークはフォークを使って「何か」を取り出した。それは小さな陶器の人形だった。
親指の先くらいの大きさの、やや銀色がかった色をした猫。エルヴィンによく似ていた。
「やっぱり、アンジェリークのところから出てきたね」
「これは?」
「これも俺が作ったんだよ。かわいいだろう?」
「ええ。エルヴィンにそっくり」
「そのエルヴィンはね、宝物だよ。ケーキの中に隠された、ね」
昔、友人に教えてもらったんだ、とジェイドは言う。ケーキの中に陶器で作った人形を隠す。
食べるときに皆でそれを探すのだ。
「ケーキの中の宝物を見つけた人はね、幸せになれるんだ」
「何故、やはり、なのですか?ジェイド」
ニクスが首をかしげる。ケーキはアンジェリーク自身が選んだものだ。
ジェイドが何らかの細工をすることは出来ないはずだ。
「アンジェリークの笑顔が見たいって俺が思ったから、かな」
だから、中に入っていた人形も、エルヴィンだったのだろう。
ここのところ疲れている自分を元気付けるために、ジェイドはこのケーキを焼いてくれたのだ。
その優しさが、とてもうれしかった。
「ありがとうございます、ジェイドさん」
アンジェリークはにっこりと微笑んだ。
ごく普通のケーキ。だけと確かに特別なケーキ。
そのケーキには笑顔になれる魔法がかけられているのだから。
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